幻のりんご【緋の衣】、復活。

会津の歴史を語るとき、決してはずせない戊辰戦争。

戊辰戦争に敗れ、会津藩士たちは各地に散り散りになりました。

旧会津藩士・赤羽源八が入植先の北海道余市町で苦労を重ねた末、日本国内初の民間栽培と商品化に成功したりんごが【緋の衣】です。

明治以前にも和りんごはありましたが、渋みと強い酸味があり、かたい果肉のりんごだったため好んで食べられることはなかったようで、【緋の衣】の栽培成功は画期的でした。

江戸末期、孝明天皇が信頼の証しとして会津藩主・松平容保に与えた「緋の御衣」と、 戊辰戦争降伏時に敷かれた「緋毛氈(ひもうせん)」。

会津の明暗両方を彩ることになった緋色の名をつけられました。

その後、さまざまな品種のりんごが生まれ、古いりんごとなった【緋の衣】は生産されなくなり、ついに余市町の農家が守る原木を1本を残すのみとなっていました。

2000年、会津若松市が余市町から苗木を譲り受け、2006年に会津の地で結実しました。

かつての会津藩士が北の大地で育んだりんごが故郷に帰ったようです。

現存する【緋の衣】の木は100本。現在は福島県の会津地方で年間およそ1トンの【緋の衣】が生産されています。

全国のりんごの出荷量が80~100万トンなので、【緋の衣】の希少性の高さは特筆に値します。

【緋の衣】は、ふじよりも酸味・香りが強く、古い品種ならではの味の濃いりんごです。

栽培しやすく収量があがるように改良を加えられたりんごではないため、栽培は難しく、管理や作業に細やかに心を配りながら丁寧に育てられています。

【緋の衣】のあとに世に出た【国光】と【紅玉】は一世を風靡する人気品種となりましたが、これらも生産量が減り今では加工用に【紅玉】を見かける程度。

この3種類の古典的なりんごをジュースにしました。

べったり甘いジュースではありませんがりんごらしい甘みは十分。酸味と香りのバランスにより三者三様の個性が光ります。

飲み比べも楽しい、レトロなりんごのジュースに仕上がりました。

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